成長と推論

人間の成長を「推論の更新」と定義する。

例えば

アオハルで「相手に持たせる守備」という概念を獲得したシーンがある。

おおまかに言うと、「攻撃側のチャレンジ方法は限られる」かつ「攻撃を読めれば急所がわかる」という前提から、「急所を抑えれば守備になる」という概念を獲得したといえる。つまり、「1トップがドリブルで突破する」というチャレンジ方法しか持たないチームには「そのトップにパスを出させない」または「マークの数を増やす」という急所の抑え方がある。考え方としては結局その1トップ以外にゴールに迫る方法がないのであれば、そこを抑えておけば相手にボールを持たせても問題がない、というのが「相手に持たせる守備」の意味だ。

このような推論による概念の獲得を成長と定義する。

以上より成長能力は推論能力といいかえることができる。そしてその推論能力の向上のがいわゆる人間的成長と定義できる。

例えば

富樫があしとにプライドを捨てて教えを乞うシーンは「視野の広さ」が前提となっている守備概念の推論更新につながっている。そしてこれは「自尊心のために自分以上の成長を認めないべき」という概念を捨てて「どんな相手であろうと自分の推論の更新のためには教えを乞うべき」という概念に自分の心理システム上の概念を更新している。

以上をまとめると成長とは特定の分野の推論の更新と抽象化できる。特に推論を行う心理システム上の推論更新は「人間としての成長」といえる。